生きてていいよ、たぶん

誰かのために生きたい

ゆうれい

輪郭線が、空気に溶融していく。

私が抽象になっていく。

ある八月。

夢際に立つあなたの温い右手。

妄言の果てにできた暗い希望。

 

私はいない、どこにもいない、あなたとあなた以外のどこにも。

私はいない。それが眩しい。あなたの未来が光るから。

 

柔い視線が、私の心を崩すから。

あなたの、その愛が嫌い。

 

私はいない、どこにもいない、あなたとあなた以外のどこにも。

私はいない、なにも怖くない。

私はいない、どこにもいない、あなたとあなた以外のどこにも。

私はいない。それだけが救い。あなたの未来が光るから。

私戦7

思想家達はみんなとおい国へ行ってしまった。

もう二度とこの国へは帰ってこないらしい。もう二度と会えないらしい。

寂しくもなれない、出会ってすらいない君たちと交わした言葉だけがリフレインしている。

 

骨になって、灰になって、墓碑の周りにたくさんの人が花を手向けるころに、僕はひとりになる。

都市を丸ごと抱きしめた藍色に名前をつけた詩人が僕の頬を幾度と打ってくる。

 

「きみのまけ」

 

目が覚めても何者でもない僕は、変り身をずっと望んでいる。夏の襟足の匂いを思い出しながら。

軽薄なものばかり愛してしまう。花火、鳴く虫、波、制汗剤。

もうここにはいられないかもしれない。

幼年期を終えずに、死ぬかもしれない。

私戦6

年を明けてからというもの、僕には生きたものがもはやどこにもいないように感じていた。いのちが群生するであろう都市へ迎えども人などおらず、核戦争後の近未来に1人取り残されたような錯覚をおぼえる。

草花の萌えぬ薄灰色の地平をただ独り歩いていた。多くの生命から間借りしていた僕の生存はこの先どのようにして繋いでいけばいいか。

おかしくなっていた。死にたかった僕は、どうして、生きる術を得ることに必死になっていた。

 

✳︎

 

粘膜の刺激のみが君を許すのではないと信じている。夜明け前のブルーみたいな絶頂感はシネマだけで充分だと、それだけで満ち足りるのだとずっと信じている。

僕は邪教を信じている。

僕は、ありもしなかった、ただ失われた青年期の色彩とその欠落した傷跡、感傷を信じている。

二枚舌の言説よりも、独占的なマゾヒズムを信じている。

ロジカルな可能世界の拡張よりも、生き物の未来を奪う行為を信じている。

 

性的な全てを混ぜ合わせてできたアイコンに、ピンクとグレーの嗜好を塗りつけ、愛されるためだけに生まれた人間をこそ、崇め奉る。

今夜も心を窶し、全ての心を受け止める君を信じている。

 

僕はそれを窓から眺めていた。

渇愛の君を羨ましく見ていた。

「公園があるんですよ、裏手に、墓地がすごく近くて部活終わりとかに通るとすっごく怖いんですけど、その公園が街の中でもちょっと高いところにあって、上から見下ろすんですね。日が落ちたら電気とかつくじゃないですか、そうなってくると綺麗なんですよ。上から見下ろすと。そこ、まあまあ、あの、恋人とかね、いるんですよ。数年前の私もその内なんですけどね、まあそりゃそう言うことくらい人間だからあるんですよ、想像しなくていいですからね。

ほんとうのところはそうじゃなくて、この前たまたま通りかかって、まあたまたまと言うか確かにわざとだったんですよ、意図して、あ、通ろうかなーって、ひさびさに感傷的に、なくなったところを、喪失を撫で回して感傷的に、なろうかなーって、そう思ったんでまあたまたまと言うのは間違いでわざとなんですけど、まあその公園の様子が変わらなくて、ちょっとカビてる木でできたベンチとか、変な感覚で開かれてる遊具、ブランコのところで当時の好きだった子に、まあこれはいいか、まあ変わんないんですよね、そんな数年で街とか世界とかは大きくは変わんないんだなーって思ったんですよ。変わったのは私だけ、とか言うオチではないんですよ、私だって変わってないですから、何にも変わってないですから。でね、なにがって、その、一番言いたいのは私たちなにを間違えたんですかね、ってところで、一番言いたいって言うほど私に言いたいことなんてないんですけど、この話に限って一番って多分これなんですよね。何かを間違えないと、というか、何かが噛み合わなくなってこう、変わるんじゃないかなって思うんですよ、私はね。間違えたわけじゃないなら多分その当時の恋人ともずっと続いてるし、なんなんですかね、ヒリヒリひりついた感じでお茶割り飲んだりしないじゃないですか。聞いてます?私たち、あなたもですけど、間違えてここまでこう来たんじゃないかなって思ってて、その間違いってなんなんだろうなって感じなんですよね。なんでそうかって、まあその、結果的に言うと、まあ、怖くなっちゃって、公園で。お墓の方がね。やだなって、思ったんですよ。その時初めて。」

私戦5

生活の前に思想は無力だよ。

もはや僕たちは誇るものが現実的な資産にしか見出せなくなったこと、君たちは気付いているだろう。

 

 

僕は、もう理解した。

ついに僕は役を降りられず、性を切り離せず、言葉も捨てられず、僕を終えることすらできない。

僕の住むところに幸いはなく、覗き込む窓の中にばかり温度を感じている。

街の群衆にも肩を並べられず、誉ある革命家という犯罪者にも名を連ねるでなく、ただ舗装された道を行き続けるしかなくなった。

でももし、もし、万が一、奇跡が起き、終えられなかった僕の捨てられなかった言葉で切り離せなかった性を許すことができて降りられなかった役の台詞が、誰かの琴線に触れるなら。

誰かの人生の何かになるならば。

それが、僕に残された最後の幸いかもしれないと、僕は私戦を止めるわけにはいかない。

 

 

生活の前に思想は無力か。

違うとも。戦いを止めた君が、思想を棄てた君が、無力なのだ。

愚痴

心から愛していた音楽家が居た。

彼の作る作品は、少なくとも僕にとっては、よかった。よかったのだ。

終わりのないものは存在しない、誰もが分かっている事だが誰もが受け入れがたい世の理だ。

直に彼は僕の見えるところからは居なくなってしまった。悲しく寂しい別れだった。

恋人を失うような痛みだった。

 

終わるものが嫌いでしょうがない。

果てる、死ぬ、今生の別れ。終わるからこそ美しいなんて言葉を信用しない。終わらないものを見たことがないから、そう言った怠惰な想いが現れる。終わりに「だからこそ」はない。

終わりは終わり。何も生まず、風が吹き抜けて温度を奪ったのみだ。

終わるな。

負けるな。

許さない、勝手に終わるなんて、終わらせられるなんて。許さない、それを許す誰も彼も。

 

だから、終わらない言葉が欲しい。

 

続き続ける、飛び続ける想いが欲しい。

 

聴きたいと願う者の鼓膜に響き続ける音が欲しい。

 

太陽が怖い君のための明けない夜が欲しい。

夜明け前が一番暗いなんて言う奴を殴り続ける度胸が欲しい。

 

死ぬまでずっとなくならない愛が欲しい。

死ぬまでずっとなくならない愛を渡したい。

叶わない、続かない、いつか冷めるかもしれない想いといつか醒めるかもしれない夢を、全ての人間が描き続けてほしい。