私戦3
頭の悪い奴が考えて設計をしたんだろうな、小汚い家々がひしめきあってる街を歩いた。
雑で雑で、猥雑で、乱雑で、かける言葉もその必要もない吐き捨ての街。
ゴミ置場みたいな路地からうまそうな匂いがした。醤油を焦がしつけてるみたいな匂いだった。
ほんの少しだけ人を信じようと思った。
バカとかクズとかで括ると精神がずいぶん楽になった。大きな言葉で括り付けると一挙に人々を磔にして火あぶりにできる。何という愉悦か。奴らは愚か者です、奴らを咎め裁く私が聖なるもの、許されるべきものだ。そうやって己を高貴な存在にできる。
大きな言葉、と言う悪魔。その甘美さに取り憑かれる人はおおよそ別の誰かによって火刑に処されるもので、昨晩、斜向かいのマンション四階から人の肉の焼ける臭いがした。その部屋は午前四時をすぎても灯りがついたままだった。
大きな言葉を大きな声で放つ人間が蔓延る社会です。
そう言ってしまいそうになる。
そんな社会、本当に存在するのか。その言葉自体がもはや巨大に肥え太ってしまっていた。
口を噤んだ。私に語るべき言葉がないこと。
出会った生き物と聞こえた言葉、と私しか存在しなかった。その三つしか私には知覚できなかった。グログロと蠢く「不可視」の怪物をでっち上げていたのは私の方だった。
居てはならないものに、許されざるものに、名前をつけて許していたのは私だった。
社会なんてなかった、若輩、拙ごときが謁見し意見するなど不敬この上ない。
本当に私は社会に合間見えようと努めたか?
醤油臭い路地の荒屋は、大衆酒場という赤のれんを下げていた。
私はここで生きる生き物に見えたくなって店に入った。
煙草の臭いが立ち込めている。日も落ちきっていないのに、狸のような男どもが赤ら顔で心地好さそうに杯を交わしている。
知らない事を知ってしまった時、人は腑抜けになる。哲学者なんかにはならない、決して。
よれた割烹着が無愛想に席を寄越して、私は軽はずみに麦焼酎とどて煮を注文して、その後のことはあまり思い出せない。
2018/08/04